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by すーさん

宋思顔

『明史』巻一百三十五、列伝第二十三

 宋思顔、何処の人かは不明。太祖(朱元璋)が太平路に勝利すると、宋思顔を幕府に置いた。集慶路を平定するに及んで、江南行中書省を設置すると、太祖は省事を統括し、李善長及び宋思顔を参議とした。同時に省内に官職を設け李夢庚・郭景祥・侯元善・楊元杲・陶安・阮弘道・孔克仁・王愷・欒鳳・夏煜ら数十人を任用したが、宋思顔はただ独り李善長と並んで参議を授かったので、その責任は他の官僚に比べても重いものであった。大都督府が設置されると、宋思顔に参軍事を兼任させた。
 嘗て太祖は自ら東閣で政務に当たっていた所、猛暑のせいで、衣服が汗だくになったことがあった。左右の者が替えの衣服を進めたが、それは一度に何度も洗濯を繰り返した物であった。宋思顔は言った。「主公は自ら倹約に努めておられますが、本当に子孫に対して模範を示したいとお考えでしたら、出来れば最後まで同じ様にして頂きたいものでございます。」太祖はその直言を喜び、これに幣を賜った。またある日、進言したことがあった。「句容県の虎害につきましては、既に捕獲したことで収束しておりますが、早く処分してしまいましょう、今飼育した所で民間に何の益がございますか?」太祖は喜んで、虎を殺すよう命じた。その何かに付けても忠実であることは、この様なものであった。後に出向して河南道按察僉事となったが、ある事案に連座して処刑された。
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by su_shan | 2016-08-21 16:00 | 『明史』列伝第二十三